とにかく「女」が怖い。そして面白い!桐野夏生の本
ここ最近、また桐野夏生さんの小説を連続して読んでいます。
彼女の書く「女性」は、したたかで残酷。感情的なのに大胆でしぶとい。
冷徹な視線で、女性の本性を容赦なく暴く描写は空恐ろしくもあり。
でも、なぜかジメジメした感じがしないんです。
数々の話題作を書いている桐野さんですが、その中の3冊を紹介します。
I'm sorry, mama.
自分の利益・不利益のためには、人を欺くことをなんとも思わない、根っからの悪人アイコ。
彼女は娼館の生まれで、親はわからなかった。
常に蔑まれてきた彼女は、自分が犯罪や殺人を繰り返してきたことにも罪悪感も持ったことがなかった。
そして、邪魔者を片付けようしたアイコに告げられた衝撃の事実!
それを聞いた時、初めて彼女の心に「悔恨」の気持ちが芽生えるのだが・・・。
初めて読んだのは、もう10年以上前です。
でもこの本を読んだ時の、頭を後ろから殴られたような衝撃は忘れられません。
愛情なんて受けたことも感じたこともないアイコ。
自分が気に入らない、利用価値がない相手を何のためらいもなく次々に殺していくさまは、疑いようのない本当の悪人としか思えません。
単純な同情心など吹き飛ばす圧倒的な悪意。
アイコの利己的で良心のかけらもない心理が綴られていて、悪魔の脳内を覗いているようで空恐ろしくなりました。
でもアイコは、母親のものだと言われていた靴を大事にしていて、その靴に語りかけたりしていたのです。
根っからの悪人の中にも、親を慕う気持ちがあるのがなんともいえない・・・。
しかし自分が生まれた理由、そして親を知った時、アイコはとてつもなく衝撃を受けます。
自分は「罪」そのものだった・・・!
母親ですら、自分の存在は愛情どころか憎悪と恐怖の対象だった。
皮肉にも、それを知って初めて、自分がしたことの「罪の重さ」を感じるアイコ。
残酷なことばかりしていた女が、最大限に残酷な事実にしっぺ返しされる、容赦ない結末にはただ呆然としてしまいました。
アイコのような怪物が生まれたのは、周囲の毒を吸い込んだからのような気がしてしまいます。
I'm sorry mama.とは、自分が生まれたことについてなのでしょうか?
正直、重すぎる・・・お腹にどす黒いものが詰められたような読後感。
どこにも救いのない話ですが、でもやけにリアリティのある話にも思えてきて、ずっと心に残る本でした。
ハピネス
夫は、アメリカに単身赴任中。
そのタワーマンションで、同じ年頃の女の子のママと子供を一緒に遊ばせたりするのだけど、どうも自分は「仲間」になれていない気がする。
それと、有紗には皆に秘密にしていることがある。
夫も音信不通でこの先どうなるのかわからない・・・。
雑誌「VERY」に連載していたので、病院や美容院などへ行った時に読んでいましたが、今回やっと続きを読み終わりました。
この中で「◯◯ちゃんのママ」という呼び方をしているのが、なんだか懐かしい息苦しさを感じました。
子供を通じて知り合った母親同士は、そういう呼び方になることが多いんですよね。
最初っから「〇〇の母」として存在していて、その子供がいなかったら行動を共にすることもなかったママ友・・・・。
「 仲良しママ友」の底に流れるマウンティングや腹を探り合う微妙な空気感が重苦しい。
だけど率直で正直な美雨ママは、周囲から浮いていて、そうなるのも嫌。
必死に「普通の母」であろうともがく有紗の閉塞感、孤独感がひりひりと伝わってきました。
子供が生まれると、どうしても子供中心にならざるを得ないので、子供がいない友人とはなかなか話が合わなくなったりします。
しかも行動範囲も狭くなる。
子供を産んだ日から、絶え間のない子供の要求に心身ともに慌ただしい・・・。
子供が小さいときは親子でセットで行動するのが必然なので、やっぱり近くて、同じくらいの子供がいるママ友が欲しくなるんですよね。
だけど、同じくらいの子供がいるからって、そうそう気の合う人がいるとは限らない。
グループだと、どうも噛み合わない人もいる!
とはいえ自分一人だけならママ友づきあいしない、と割り切れても、子供がいて自分とだけ遊ぶ環境というのは、親としてはなかなか心苦しいんです。
子供が小さい時は、親の作る環境が全て!
そのためにママ友づきあいもうまくやらないと、と。
は〜・・。
正直、今は子供達が自分で自分の気の合う子を見つけて、自由に遊んでくれているのがすごくホッとしていますね。
(とはいえ、その時に自分の子供時代にはなかったことがたくさんできて、楽しい思い出もたくさんできたのはよかったとは思っています。)
ところで周囲のママ友にコンプレックスを感じていた有紗ですが、最後はちょっと意外な展開!
もしかして皆「理想の母・妻像」を演じていたのかも?
それから、もし桐野夏生さんがママ友だったら・・・。
すべてを見透かされていそうで怖いなって思いました。
バラカ
日系ブラジル人を両親に生まれた少女ミカ。
しかし誘拐され、ドバイの人身売買マーケットで売られてしまう。
「バラカ」と名付けられたミカを、日本人の編集者、沙羅が養子として買うことに。
しかし日本につれてきた後、東日本大震災が起こり原発4基が爆発し、東京も含め高放射能に汚染されてしまう。放射能汚染によって甲状腺癌になったバラカは、その手術跡を「フクシマ・ネックレス」と言われ、反原発組織に象徴として祭り上げられる。
沙羅の夫であった川島や、原発推進派・反原発組織に常に追われるバラカ。
バラカの運命はどうなるのか・・・。
ぶっとんだ設定のようでいて、現実に原発が4基爆発する一歩手前だったことや、人身売買の市場も存在していることなど考えると、恐ろしさをあらためて実感します。
バラカは原発事故で飛散した放射性物質のせいで甲状腺癌になっていますが、現実の福島の子供達の甲状腺癌のリスクが見つかった人数は相当多くなっているようです。
(*追記 私が見たのは「市町村別に何人甲状腺癌のリスクが見つかったか」ということが掲載しているサイトでしたが、症状がないのに見つけようとしているからたくさん見つかっただけ、と言う専門家もいます。
最初は放射性物質のせいで増えた!と思ったのですが、「全国の発症率と変わらない」という意見を書いている人もたくさんいるので、読めば読むほどわからなくなってきました。)
本当に拡散された放射性物質のせいで甲状腺癌が増えたのかどうかは、もっと後になってからでないとわからないかもしれません。
でも、あの巨大地震のあとに続いた原発の爆発で、ものすごい恐怖とともに家族や仕事だけではなく故郷まで失った人がいるのは事実です。
とはいえ私もこの本読むまで、原発事故のことを意識からなくしていました。
7年たった今でも、苦しんでいる人がたくさんいるっていうことにあらためて気がつきました。
そしてこれからもずーっと、高放射能汚染物質は増え続けていきます。
ところでこの本では、そんなにグロテスクな表現は出てこないのだけど、特に「悪の象徴」となる川島(バラカの義父)の邪悪さが心に残っていたのか、初めて夢の中で吐いてしまいました。
それぐらい強烈な印象だったんですけど、川島の邪悪さはなぜのなのか?
イマイチ理由がわからないことと行動に矛盾があることは、ちょっと納得がいきませんでしたね。
そして最後は「え?」というくらいあっけなくて拍子抜けでした。
でもそういう点は置いておいても、この本の世界観に引き込まれて、分厚い本でしたけど、一気に読み終わりました。
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3冊とも主人公像はまったく違いますが、どれもページをめくる手が止まらない本でした。
でも覚悟して読まないと、憎悪と悪にあてられます。
ただ、そういう憎悪や悪意は実際に世の中に存在しているし、その中で生きている人間も無数にいる。
分離しているのではなく、混在している・・・。
自分の中にも、ドロドロした醜い部分があり、自分ですら見たくない、意識したくないそういう部分をあえて拡大鏡で見せつけられている気もします。
桐野さんの本の主人公は、色々な毒気の中で、傷ついたり戦ったり利己的に動いたり。
変幻自在に変化しながら生きていく女性像が、でもどこか凛としているから、救いがあるのかもしれない、とも思うのです。
ただ、読むのにはいつも覚悟がいりますけどね。